03/18のたまげたぁーのPART2
2014-08-25 Mon 16:48
19~20 日 早朝広島では大変な豪雨で、多くの方々が死亡、行方不明で計100人前後との事
「50年連れ添った婆ちゃん、可哀そうでなぁ・・」というお爺ちゃんの姿
お子さんを無くされた両親の姿、新婚の兄を探す弟 殉職された警察官に消防職員等々生々しく報道されている
が、繰り返される災害 何度も体験したであろう被災対応経験
あの地域は、今回で二回目なのだ 全く行政もマスゴミも過去の経験を活かしていない
当然、急がれる2000人近い被災、一週間が経ち、今だ、避難された人たちの仮設住宅対応の話なし、募金活動の話なし
ただ、毎回繰り返されるドラマ仕立ての報道に違和感を感じつつも・・・・・・・・・合掌

で、広島と言えばと、当日、家内が電話したのが、藤井氏宅
お見舞いと様子をと言うことで・・・・・・・・・ 西区で住んでいるので、被害は全くないと言う話で、安堵する
その時の会話で、「 小冊子に又載ったのよ、読んでね・・・・」  と。
そして、送られてきたのが オタフクソース株式会社発行の
       [おこのみい通信 VOL26]
2ページ使って、彼女の店を紹介しているのだが、その中に、我々家族のことを書いてくれていた
今まで以上に、親しみを感じたものだ・・・!
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初めて家族全員で広島に行ってからでから もう、お付き合いも、32年になると言う
当時の広島は、新興住宅地が増えていたのは記憶しているが、今TVで見るほどの開発はされてなかったように記憶している。
が、TVで見ると、被災住宅の前面道路の幅員のなさと、道路の勾配問題や砂防堤の数、等々や地域への土砂災害指定の甘さが良くわかる
・・・・・・・驚くほど甘い・・・・・・・
つまり建築課、消防署と都市計画課の連携が、構築されてなかったと言うことだ
予期せぬ雨量に対する、避難勧告の遅延が大きな災害につながったと言う論調になっているが、どうも他の要因が、災害を大きくしたと思わざるを得ない。
藤井さんのお店は、創業50年と言う 東京オリンピックからの老舗だ。
しっかりと地道に暖簾を守ってきて来られたのが小冊子からも読み取れる
他方、広島の行政は??????
今、住んでいる市民を守ろうとしていたのだろうか??
毎年、賑やかに原爆記念日には多くの予算を取り、それ一色に染まる市でもある
一市民の地味な暖簾の守り方に反して、行政は、派手な開発の為に、消防法を、都市計画法を・・建築基準法を守って来た都市づくりがなされたとは到底思えない。
あるイデオロギーの為に、宜野湾市がやった、普天間基地周辺の都市計画法の本末転倒を施した行政のやり方と、微妙にリンクしているように思えてならない。
友人の、お好み焼き店とは、直接関係のない話だが、TV、新聞をそう思いつつ見つつ、「 藤や 」には、近々行こうと思っている

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